
史上最大級の未解決事件「グリコ森永事件」。事件がベースとなっているこの小説は、作者の想いが強く、それが事件の内容をよりリアルに詰めこむという結果になっていて、読んでいる側に、いい意味での錯覚を起こさせる。事件を知っていてもいなくても、ぜひ読んでみて欲しい1冊。
■グリコ森永事件をベースにしたストーリー
30年ほど前に起こったグリコ森永事件。私はまだニュースを観ない年齢でした。日本中を恐怖と不安に陥れた事件だったことを知るのは、しばらくテレビ番組などで特集が組まれることが多かったからだと思います。なんとなく知っている事件の概要、犯人像とされているキツネ目の男。この本を読む前に、ちょっとだけ事件の内容を考えてみます。
グリコ・森永事件(グリコ・もりながじけん)とは、1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に、阪神を舞台として食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件。警察庁広域重要指定114号事件。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、かい人21面相事件などとも呼ぶ。 2000年(平成12年)2月13日に愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、全ての事件の公訴時効が成立し、警察庁広域重要指定事件では、初の未解決事件となった。(Wikipediaより)
この時、警察への連絡には「子供の声」が使われている、と。今回のこの本が、やたらとリアルに感じるのは、ただただ事件を追いかけたレポートのような小説ではなく、この「子供の声」の子供はどうしているのか、ここに焦点が当てられているからだと思います。
■著者の経歴が本気さを語る
著者の塩田さんは、元新聞記者。私と同年代のようなので、きっと実際の事件が起こった時期には幼少だったと思います。その中で、自分と同じ年代の子供が、事件に関与したことが衝撃だったのではないかと思うのです。大学生の時に構想し、実際には題材の大きさから執筆には至らず。社会経験が必要と判断したということで新聞記者になったと。この本気さが詰まっている本です。事件の現場に実際に足を運んだり、当時の資料を見たりというお話も耳にしました。だから描写がとてもリアルです。建物、当時の様子。事件をよく知らない私は、これがノンフィクションなのではないかとさえ思ってしまうくらいです。
■パズルをしている気分になる
主人公である“テープの声は自分の声”という男性と、新聞特集のために情報集めをする記者。この2つのラインで物語が進んでいきます。主人公は自分の過去に何が起きたか知りたいから、過去を遡っていく。そして記者は、本来の自分の社会的立場や正義感から進んでいきます。だけどこの物語のすごさは、最後は正義感とか自分がどうとかじゃなくなるのです。ちょっとの好奇心はあると思う。でもこの事件のもっと深いところ、事件に関わった(テープの声の)子供たちはどうなっているのか。こんな事件に子供を巻き込むことの残酷さが突き詰められていく。1人1人がパズルのピースみたいです。ササッと読めるようなものではなく、登場人物をゆっくり頭に入れながら読むことがおすすめです。
■背筋がゾクッとする瞬間に何度か出会った
2つ(主人公と記者)のストーリーが並行して、別の角度から事件の概要が明かされていきます。これが100%オリジナルの物語であれば、ドキドキワクワクだったのかもしれないのですが、この事件ってちょっと知っている気になっているわけじゃないですか。例えば「キツネ目の男」と聞けば、なんとなく顔が浮かんでくる。しかも表情はなく、ただ似顔絵として日本中に流されたあの顔。なんかゾクッとします。このキツネ目の男がどんな人物だったのか、どんな役目をしていたのか。もちろん本の中では憶測でしょう。それでも。うわっ、って思ってします。そうだったのかも、と。
■実際の事件をどのくらい知っているかは関係ない
本を読む前に、少しグリコ森永事件のことを調べてみようかな、と思っていました。結局は調べずにそのまま読み始めた。もしかしたら、事前に調べていたら違う感想を持ったかもしれません。だけど、知らなかったことが読みにくかったとは思わない。知らなくても、リアルさは十分に感じることができると思います。事件の情報を持っている人、全く知らない人でほんの少し感じ方が違うかもしれません。